目まぐるしく変わる社会の中で、四季折々の風情を知らせ、友の心を和らげ、団らんの輪を広げて充実した人生のひとときを演出してくれる「日本酒」こそ、日本文化の粋である。
そして何よりも「こころで造る日本のうまさ」をモットーとする私たちは、酒つくりそのものこそ文化だと考えます。
山紫水明、自然の恵みを最大限に生かし、伝統ある技と心を受け継ぎ、育て、次代へ伝える。これからも「中埜酒造」は、名醸地三百有余年の伝統を礎に文化創造の意識をもって、より旨い酒つくりに努めてまいります。
そして何よりも「こころで造る日本のうまさ」をモットーとする私たちは、酒つくりそのものこそ文化だと考えます。
山紫水明、自然の恵みを最大限に生かし、伝統ある技と心を受け継ぎ、育て、次代へ伝える。これからも「中埜酒造」は、名醸地三百有余年の伝統を礎に文化創造の意識をもって、より旨い酒つくりに努めてまいります。
社名 | 中埜酒造株式会社 |
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本社所在地 | 愛知県半田市東本町二丁目24番地 TEL 0569-23-1231 FAX 0569-23-1124 |
創業 | 弘化元年(1844年) |
資本金 | 6千万円 |
売上高 | 約40億円 |
販売地域 | 中部・関東・関西を中心に全国 |
従業員数 | 210名 |
グループ関連会社 | (株)港食品 株式会社國盛コーポレーション |
事業所 |
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保有免許 |
連続式蒸留しょうちゅう(甲類)の製造は可能。単式蒸留しょうちゅう(乙類)の製造販売は不可、ただし混和焼酎に原料として使用する場合は可。混和焼酎も(甲類焼酎51%以上の甲類の混和焼酎のみ製造可)。 |
元号 | 中埜酒造の歴史 | 一般社会の出来事 |
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弘化元年 | 半田村に創業 | ペリー浦賀来航、桜田門外の変 |
明治42年 | 丸中酒造合資会社設立 | 日露戦争勃発 |
昭和15年 | 合成清酒の製造免許取得 | 翌年(昭和16年)太平洋戦争勃発 |
昭和19年 | 焼酎・ブランデーの製造免許取得 | 東南海地震発生 |
昭和36年 | 酒造工場(盛蔵)新改築 | 昭和34年に伊勢湾台風来襲 |
昭和40年 | 株式会社に改組 | |
昭和45年 | 酒造工場(北蔵)新改築 | 日本万国博覧会開催(大阪) |
昭和56年 | 第二びん詰工場・配送センター新築 | 東北新幹線開通 |
昭和60年 | 酒造工場(新國盛蔵)新築 「國盛」酒の文化館開設 新びん詰工場新築、本社社屋新築 |
科学万博-つくば'85開催 |
昭和63年 | 配送センター新設 | 半田市市制50周年 |
平成元年 | 酒造工場(新國盛蔵)設備拡充 | 昭和天皇崩御 大喪の礼 |
平成2年 | 自動包装機完成 物流センター新設 中埜酒造株式会社に社名変更 梅酒免許取得 |
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平成3年 | 中埜ワイン新発売 梅酒(梅本家)新発売 |
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平成4年 | 酒税法の改正で酒の等級制廃止 | |
平成6年 | 創業150周年を迎える | |
平成10年 | 中埜酒造グループ発足 | |
平成20年 | クニザカリファーム着手 | |
平成22年 | その他の醸造免許取得 | |
平成25年 | 港工場新設 | |
令和3年 | 甘味果実酒免許取得 |